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last updated 1997/09/11

第119話(全130話)

オアシス(2/4)




「あそこにいる連中なんか偽物だもの。それに比べたらマスターは本物だよ。おいら本物が好
きだ。偽物は嫌い。だからルーワンも嫌い」
「何言ってるんだい、パピロ。きみは何を言ってるの?」
 相変わらずパピロの言うことはピートには理解できない。ルーワンが嘘をついてるのは確か
だけど、あのオアシスに集まった生き物たちが何故偽物なのかがわからない。
 パピロは言った。
「あの連中に心はないもん」
「え?」
 心がない? そんなわけないじゃないか。心がなくて、どうして月に向かって歌ったりする
んだ? どうして月食を祝うために集まったりするの?
〈どういうわけか〉とフィンフィンが横から話に割り込んでくる。〈あの生き物たちはみんな
作り物だよ。ロボット、なんていうほど高級じゃないね。ハリボテの電動人形って感じかな。
泉の脇に立ってる木も作り物みたいだね。ぜんぜん心のシグナルが伝わってこないもの〉
 言われてピートはマスターの聴覚モニターの受信レベルをあげてみる。こうすれば心臓の鼓
動の音が離れていても聞こえることになっていた。あの海でマリカが瀕死の状態になった時、
ピートはやはり受信レベルを最大にして、弱り行くマリカの鼓動を聞いていた。自分がちゃん
と耳をそば立てていてあげれば、鼓動は止まらないと、勝手にそう決めていた。
 いま、マスターの聴覚モニターには、しかし泉に集まった生き物たちの心臓の鼓動は、確か
に聞こえてこなかった。トクトクトク、という命のリズムの代わりに聞こえてきたのは、電気
のブーンといううなりと、歯車がカチャカチャと回る、そんな音だった。
「どうして・・」
 どうしてわざわざこんな所にこんなハリボテを並べておいたりするんだろう? 
〈たぶん、罠だよ〉
〈罠? 砂漠に迷った旅人を誘い込むための?〉
〈違う。マリカを捕らえるための罠だと思う〉
〈マリカを? どうして?〉
〈ルーワンがケダックだからさ。まずい!〉
 ルーワンの心を読んでいたのだろう、フィンフィンが突然マリカへと向かってスッ飛んで行
く。だが、フィンフィンは気づくのが一瞬遅かった。フィンフィンの進路に砂の中から天へと
向けて突き出す鉄の柵が立ちふさがった。ドシャンッと勢い余ってフィンフィンは柵に体を激
突させる。キューン! とも聞こえるフィンフィンの悲鳴がハリボテの歌声が響く砂漠に響い
た。マリカが振り返る。フィンフィンとワーターとパピロ、それにケンプとマスターまでが大
きな檻の中に閉じ込められていた。みんな唖然なっている。マスターがフィンフィンに駆け寄
り、抱き起こした。
「フィンフィン!」
 驚いてマリカが腰を浮かせると、ルーワンがその手を押さえて引き止めようとする。けれど
マリカは持ち前の敏捷さでその腕からすり抜けた。砂を蹴って飛び、ルーワンとの距離を取っ
て着地するマリカ。その時はもう彼女の手には腰から抜いた剣が構えられていた。
「何なの? どういうつもりなの?」
 マリカの声は、恋する女の子の声ではなかった。もっと張り詰めた、例えるならそれは、戦
士の声だ。マリカはルーワンから放たれている「気」がロマンチックなものからいちばん遠い
、冷ややかなものに変わったのを肌に走る悪寒みたいなもので感じた。
「何を企んでるの?」
「何も企んでなどいないさ。きみを秘密の場所に招待すると言ったろ? 言った通りのことを
してるまでさ」
 ピートはルーワンと対峙するマリカへと駆け寄ろうとした。鉄の柵なんて、マスターの腕な
ら簡単に折り曲げられる。そう思い、鉄の柵を両手でつかみ、それをねじ切ろうとする。だが
出来なかった。両手で柵を握った途端、柵に高圧電流の火花が走った。遠い地平線の向こうか
ら花火が打ち上げられる。ビッガイの日を祝う祭りがどこか遠い国ではじまったのだろう。そ
の花火に負けない彩りの火花を散らして、マスターは感電する。マスターは非常システムを作
動させ、体を柵から飛び放させた。電流の過剰負荷が架かって、マスターの体が激しく痙攣す
る。
「マスター!」
〈ピートッ〉
 マリカとフィンフィンが同時に叫ぶ。マスターの体からブスブスと黒い煙が上がった。
 マリカはルーワンに目を戻した。
「あなたはケダックね」
 質問ではない。事実の確認だ。こんなふうに機械仕掛けの罠を仕掛けるような連中は、科学
を信奉するケダック以外にいるはずがなかった。
「そうだよ。ぼくはケダックだ」
 ルーワンは悪びれることなくうなずいた。
「騙したのね」
「それもイエスだね。確かに騙してたよ。人を騙してるのってあまりいい気持ちのもんじゃな
かった。でももう騙したり隠したりする必要はないね。ホッとしたよ」
 言って、ルーワンはマリカの視線を真っ直ぐに受け止めながら一歩後退る。後ろに回した手
が、泉の脇に立つ木の幹に触れる。そこにスイッチがあったらしい。かすかにカチッという音
がするのを、感電して痙攣しながら、ピートは聞いた。
 その音が聞こえると、不意に周囲の景色がゆらりと揺れた。砂漠が震動しはじめる。泉の水
が洗面代に溜めた水の栓を抜いた時のように渦を巻いて湖底へと流れて言った。水の抜かれた
泉の底が左右に割れて開く。その下には長い階段があった。マリカは周囲の景色を見回す。そ
れはゆらゆらと揺れ続け、やがて形を失い、流れる線となった。マリカがテレビを知っていた
なら、カラーパターンみたいだと思ったかもしれない。様々な色の線が上から下へと流れ落ち
、そして砂漠の風景は完全に消え去った。砂漠だと思っていたものは、すべて立体映像だった
のだ。マリカは自分がどこに誘い込まれたのか、やっとわかった。ここはケダック国た。水晶
のブロックを積み上げたような幾何学的なデザインの城が、マリカの眼前に立ちはだかってい
た。ここはケダック城の正面広場で、周囲を武装した軍隊が取り囲んでいる。

(つづく)




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